自主自立

自分で決めて、自分でやる。

かんたんなようで、かなり難しい。

例えば、会社には自分で決めて、行っているだろうか?

完全なる自由が認められた場合、果たしてやり続けられるだろうか?

世の中はこう、あの人がこう、外の世界の喧騒に、自分の感情に、

簡単に促されていないだろうか?

 

流されたように生きている人は、

自分が決めていないだけ。

自分の大事なものを、感じていない。

 

偉そうなことを言うつもりはなく、

わたしも、まだまだそうである。

 

会社は、社長の個人的欲求の象徴となり、

社員は属性となる。

社員は、個人の生活や家庭にそれを求め、

同じような属性を作る。

 

この『個』が当たり前のようになってしまった世の中で、

精神障害や老人など排斥される弱者も多く存在する。

 

自分の親ですら、排斥するのが『当然』の『感覚』になっている。

『個』を拡大するがために。

 

会社をデカくしようとか、自分の家庭が裕福になろうとか、

そういう次元じゃなくて、

世の中が必要としているから、やろう!

 

そういう事に、じぶんの命を使いたい。

自主自立!